東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1970号 判決
よつて按ずるに、前認定のような御願書成立の経緯に照らせば、御願書第一項にある「貴家所有」なる表現は、被控訴人が譲渡担保権者として所有権を有するものであることを更めて確認する意味のものと解する余地がある上、従来の譲渡担保物を新に代物弁済にするというならば、たとい素人の作成する書面であつても、本件のような当事者間にあつては、その趣旨を明らかにした表現がとられてしかるべきであつたと解されるから、御願書における右表現をもつて直ちに代物弁済成立の趣旨においてなされたと認めることは困難である。また、御願書第一項において、被控訴人が控訴人に対し金四二〇〇万円で本件物件を譲渡する旨記載され、恰も買戻の特約がなされたような表現となつているが、債権担保のため買戻の形式がとられることは巷間まま見られるところであるから、右の表現がとられていることの故をもつて、その前提として、本件物件について代物弁済がなされたと見なければならないものではなく、却つて、前認定から明らかなように、右にいわゆる譲渡代金四二〇〇万円の額は被控訴人が控訴人に対する一切の債権額として主張したところを控訴人が認めたものであり、かつ、右金額の支払期限徒過後の措置につき、御願書第三、四項において、被控訴人の自由な処分を認めつつ、その処分代金から、控訴人の「借入金」である右四二〇〇万円の額を差引いたものを控訴人の取得分として交付するものとし、その額も、「三〇〇〇万円位」というような、処分代金如何により変動を生ずべき不確定な額としていることよりすれば、右にいわゆる譲渡代金の支払期限後は、被控訴人が本件物件を換価処分するものであることを前提とした上で、その処分代金と右四二〇〇万円との清算を要するものとしている趣旨と認めるのが相当であるから、御願書第一項にある買戻に関する文言は、債権担保の目的のために借りられた形式に過ぎないと見られるのであり、従つて、前記三〇〇〇万円位の交付約束は被控訴人が換価処分した場合の予想売却代金から四二〇〇万円を控除した差額を控訴人に渡すことを表示したものであつて、これを以て被控訴人のいうような贈与の約束と見ることはできない。なお、右にいわゆる四二〇〇万円の譲渡代金について、御願書作成の際、利息、損害金の定めがなされず、かつ、従前の被担保債権についてなされたように手形の授受が行われなかつたことは前認定のとおりであるが、同日迄の債権として被控訴人の主張する別紙債権表との対照から明らかなように、前記四二〇〇万円の額は右被控訴人主張の債権額を上廻るものであり、かつ、前認定のように右四二〇〇万円の額は被控訴人による売却処分による清算をなるべく同年一二月中に終るようにするとの双方の了解のもとに定められたものであることに徴すれば、右四二〇〇万円のいわゆる譲渡代金について更めて利息、損害金を約定したり、支払確保のための手形の授受を行うことは必要ないものとされたものと推認できるから、前記の利息等の約定がなく、かつ、手形の授受のなかつた事実をもつて、直ちに、御願書成立後における被担保債権の存続を否定し、御願書における代物弁済成立の事実を認めしめるものということはできない。若し、同日をもつて代物弁済により従来の被担保債権が消滅したとするならば、前認定のように右被担保債権支払のために差入れてあつた手形が控訴人に返還されていないのは不自然であり、右手形を被控訴人が返還しなかつた事実は、却つてその当時御願書成立後も右手形のあらわす被担保債権が存続するものとされていたことによるものと推認されるのである。そして、御願書第五項の定めは、そこに規定されている控訴人の先妻の立退問題や山一土建の未払問題の処理の如きものは元来控訴人のなすべきものであり、被控訴人がこれを代行処理する場合の予定金額を表示して、その費用は、被控訴人の換価処分后における清算の際控訴人に渡すべき金額のうちから取立てることができる旨定めたものと認められるから、被控訴人の前記主張を認める資料となすに足らない。また被控訴人がその後前認定のように本件物件について控訴人との間の調停事件や本訴において代物弁済を主張したり、また第三者と売買の交渉をしたり抵当権の設定登記をする等所有者としての行為に出たことも、いまだ、右主張の代物弁済の事実を首肯させるに足るものではない。また以上の説示に照らすときは、被控訴人主張のような意思表示を要する代物弁済契約が成立したものと認めることも困難である。(中略)
従つて、御願書による合意の成立によつて被控訴人と控訴人間の本件物件についての従前の譲渡担保関係が消滅したものと認めることはできず、かつ、前記認定事実を綜合考察するときは、御願書第一項は従来の譲渡担保関係を確認するとともに、控訴人主張の如く、譲渡代金名下に被担保債権額を更めて協定したものであり、同第一、二項において、被控訴人による担保権実行の猶予を定め、その猶予期間中控訴人が右被担保債権を弁済して本件物件を取戻すことができる旨及び本件物件を他に売却処分することもできる旨を規定し、第三項で右期限後における被控訴人による自由処分を認め、第四項で被控訴人による換価処分の場合における控訴人の取得額、ひいて処分価格の目標を定め、第五項で前記のように地上物件の収去の如き本件物件を高価に処分するために要する費用の負担等を定め、第六項で前記仮処分のもたらした紛争が御願書による合意で解決した趣旨を表わしたものと認めるのが相当である。右認定によれば、御願書による合意のうちには、譲渡担保関係として当然なところが含まれていることになるが、さればといつて、右認定を覆して、別異な合意が成立したものと認めるに足る証拠はない。前認定のように御願書による合意が、当時における当事者間の債権債務一切を早期に決済することを目的としてなされたものであるとしても、そのことは、いまだ、右認定を左右するに十分なものではなく、また早期決済を目的としてなされたのに、前認定のように早期決済がなされなかつたことの故をもつて、御願書による合意の当然失効をいう控訴人の当審主張(事実欄二の(四))も採用できない。しかして、御願書作成の際、同第一項所定のいわゆる譲渡代金の支払期限に対する控訴人の予じめの延期方希望を被控訴人が承諾したものでないことは前認定のとおりであるが、それ以上進んで、右期限後に絶対に控訴人が本件物件を取戻し得ない旨特別に約されたことを認めるに足る証拠はないから、控訴人は、右期限後においても、被控訴人による換価処分前は、被担保債権の元利金を弁済して、本件物件を取戻し得るものと解すべきである。
従つて控訴人は右の(1)ないし(7)の被担保債権を弁済するときは、本件物件を取戻すことができるものである。右の弁済と担保物の返還は同時履行の関係に立たないこと被控訴人主張のとおりであるが、被控訴人は、本件物件について譲渡担保関係の存することを否定し、代物弁済により本件物件を取得した旨主張しているので、控訴人は、被控訴人に対し、被控訴人による譲渡担保権実行としての換価処分前に右被担保債権額を現実に弁済した後でなくても、将来の請求として、右の弁済を条件として、本件物件の所有権移転登記手続をなすべき旨請求し得るものと解され、これに反する被控訴人の主張は採用できない。
(岸上 小野沢 田中)